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最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)234号 判決 1998年12月08日

東京都江東区木場一丁目五番一号

上告人

株式会社フジクラ

右代表者代表取締役

田中重信

右訴訟代理人弁護士

藤本博光

鈴木正勇

東京都千代田区丸の内二丁目六番一号

被上告人

古河電気工業株式会社

右代表者代表取締役

友松建吾

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行ケ)第五八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年七月九日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤本博光、同鈴木正勇の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

(平成八年(行ツ)第二三四号 上告人 株式会社フジクラ)

上告代理人藤本博光、同鈴木正勇の上告理由

第一 総論

原判決には、以下に述べるように理由不備並びに判決に影響を及ぼすこと明かなる法令違背があるので、破棄されるべきものである。

第二 原判決破棄事由

一 出願当時の技術水準について

1 理由不備

(一) 原判決は、理由第2、2、(2)において本件特許発明の進歩性を判断する前提として、本件出願後に刊行された文献である甲第二五号証の記載を本件出願当時の技術常識であると認定しているが、「本件出願後に刊行されたものであるが、以上の記載は、その内容からみて、本件出願当時の技術常識を示すものであって、その出願後に初めて知られたものとは考えられない。」と述べるにとどまり、本件出願後に刊行された文献が本件出願当時の技術常識を示すものであるとの具体的な理由が述べられておらず、理由不備の違法がある。

(二) 確かに、特許発明の出願後に刊行された文献から出願時の技術水準を認定することも許されるが(最高裁第二小法廷昭和五一年四月三〇日判決(判例タイムズ三六〇号一四八頁))、その場合には、出願後に刊行された文献が出願当時の技術水準を示していると解することができる合理的な理由が必要なはずである。

出願前に刊行された文献であれば、出願前の技術水準を記載してあると解することに問題はないが、出願後に刊行された文献の場合には、当該特許発明をもふまえた技術が掲載されることも多く、出願後の技術水準を出願当時の技術水準と誤って認定する危険性も高い。

よって、当該文献において、出願当時の技術水準であるとの具体的な記載があるような場合とか、出版時期は出願後であるが、執筆は出願前であると思われるような合理的な理由がある場合に限って、出願後に刊行された文献から出願当時の技術水準を認定することができると解すべきである。前記最判も出願後一年も経過していない期間において刊行された文献により出願当時の技術水準を認定した事案で、実質的には文献の執筆は出願前であると思われる場合であり、理由もなく出願後に刊行された文献により、出願当時の技術水準を認定することが許されると解してはいない。

(三) これを、本件について見るに、本件特許発明の出願日は昭和五三年五月二四日であるが、甲第二五号証の出版年月日は、一九九四年(平成六年)五月二五日である。仮に、甲第二五号証の第一版が同号証の文献と同一の内容であるとしても、その出版年月日は一九八九年(平成元年)三月二五日であり、出願後から一一年も経過しており、出版時期は出願後であるが、執筆は出願前であるとの事情は認められない。また、右文献においては、本件出願当時の技術水準についてのものであるとの記載もない。

しかも、甲第二五号証の旧版である甲第二一号証は本件出願の四年前の昭和四九年六月一〇日に出版されているが、右文献には、原判決が理由第2、2、(2)において本件出願当時の技術水準として認定したa、b、cのうちaのみが記載され、本件出願後に出版された新版において、本件特許発明と直接関連するb、cが新たに記載されたものである。このような出版経緯を考慮するならば、甲第二五号証は本件特許発明の出願公開公報をも取り入れて記述されていると解するのが自然であり、出願当時の技術常識を示すものと解することはできないはずである。

また、原判決は、「その内容からみて、本件出願当時の技術常識を示すものであって、その出願後に初めて知れたものとは考えられない」と述べている。確かに、出願後に刊行された文献に記載されている技術が、出願当時の技術常識と同一であれば、右文献に記載されている技術が出願当時の技術常識を示していると解することはできる。しかし、その前提として、右文献と対比すべき出願当時の技術常識の内容を認定しなければならないが、原判決は、その点については何も述べていない。原判決は出願後に刊行された右文献により出願当時の技術常識の内容を認定すると考えているようであるが、それでは循環論法であり、出願後に刊行された文献により、出願当時の技術常識を認定することが許される理由とはならない。

(四) 以上のように、原判決は、本件の取消事由である進歩性を判断する前提である出願当時の技術水準の認定において、本来であれば、出願当時の技術常識を記載した文献とは解することができない出願後に刊行された甲第二五号証記載の前記b、cを出願当時の技術常識を示すものと認定しながら、その具体的な理由を述べておらず、理由不備の違法がある。

2 法令違背

1で述べたように原判決は本件特許発明出願後に刊行された甲第二五号証記載の技術を合理的な理由もないのに本件特許発明出願当時の技術常識であると認定しており、明らかな経験則違反がある。しかも、右出願当時の技術常識は、本件特許発明の進歩性を判断する際の前提となるものであり、右出願当時の技術常識の内容が異なれば、右進歩性の判断も変わったものになる可能性が強く、判決に影響するものであることは明らかである。したがって、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる重大な法令の違背がある。

二 セグメント絶縁と層絶縁について

1 理由不備

(一) 原判決は、理由第2、2、(2)において「これによれば、確かに大サイズのケーブル導体を分割することによっても表皮効果を低減しうることが認められるが、表皮効果をより有効に低減し、実用に耐えるものにするためには、各セグメント間の絶縁あるいは素線間の絶縁を行う必要があると解することができるから、素線間の絶縁に係る引用例1(甲第六号証)記載の技術と、セグメント間の絶縁に係る引用例2(甲第七号証)記載の技術との組合わせをいう原告の主張が、前提において誤っているということはできない。」と判示し、上告人(被告)の「引用例1記載の技術と引用例2記載の技術との組合せをいう原告の主張は、前提において誤っている」との主張を排斥している。

(二) 原判決の右「これによれば、」とは、甲第二五号証の「大サイズ導体では、表皮効果、近接効果を低減するため一般に分割導体が用いられているが、さらに表皮効果、近接効果を減らすためには、素線間の抵抗を増す必要がある。層絶縁導体は、分割導体セグメントのより層間に絶縁紙等を挿入して、より層間を絶縁したものである。さらに徹底して、各素線一本一本を絶縁するものが素線絶縁導体である。」との記載のことであるが、右「層絶縁導体」と「セグメント間の絶縁」とは形状も目的・効果も異なるまったく別のものである。「層絶縁導体」は、セグメント内に絶縁紙等を挿入するもので表皮効果の低減を目的になされるものであるのに対して、「セグメント間の絶縁」は磨耗防止等の目的でなされるもので、表皮効果の低減とは無関係である。素線絶縁されていない撚線分割ケーブル導体において、表皮効果が低減されるのは乙第一一号証に記載されているようにセグメント内で素線が撚られていることによるものであり、セグメント間を絶縁紙で覆ったからではないのである。

よって、甲第二五号証の「層絶縁導体」の記載のみから直ちに「セグメント間の絶縁」を導くことはできない。

(三) したがって、原判決が「層絶縁導体」から「セグメント間の絶縁」を導く理由を述べることなく、前記(一)の結論を導いたことには理由不備の違法がある。

2 法令違背

1で述べたように、原判決は甲第二五号証の「層絶縁導体」を「セグメント間の絶縁」と解しているが、両者はまったく別の技術であり、経験則に反することは明らかである。しかも、原判決は、右理解のもとに、引用例1と引用例2を組み合わせることに問題がないと判示したものであるが、「層絶縁導体」と「セグメント間の絶縁」は別のものであり、甲第二五号証のみから、引用例1と引用例2を組み合わせることに問題がないとはいえず、引用例1と引用例2を組み合わせることによって本件特許発明の進歩性を否定することもできなくなる。したがって、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる重大な法令の違背がある。

三 引用例2と酸化第二銅について

1 理由不備

(一) 原判決は、理由第2、2、(3)において「ガスバーナーによる加熱によっても、酸化第二銅の形成に適する温度範囲を設定することは技術的に極めて容易と考えられる」と判示して、上告人(被告)の「銅を加熱すると五八〇℃以上の温度においては酸化第一銅が生成し、酸化第二銅の生成はそれ以下の温度範囲において行われるところ、常用されているブンセンバーナーの焔の外縁の温度は約一四〇〇℃であり、これを撚線セグメントの外表面に当てれば銅線の外表面の温度は少なくとも八〇〇℃以上に達するから、酸化第二銅が形成される余地はない」ので、引用例2に記載されている酸化銅が酸化第一銅であるとの主張を排斥している。

(二) 引用例2においては酸化銅としか記載がないことから、右酸化銅が酸化第一銅か酸化第二銅であるかが争点となり、上告人(被告)としては引用例2に酸化銅の生成方法として「ガスバーナーの焔を外表面にあてて加熱する」と記載されていたことに着目し、右生成方法によって生成される酸化銅は酸化第一銅と考えられるので、引用例2記載の酸化銅は酸化第一銅であると主張したのである。

そうであるのだから、「ガスバーナーの焔を外表面にあてて加熱する」によって生成される酸化銅がいかなるものであるかを判断するべきで、ガスバーナーの加熱によって酸化第二銅が生成される温度範囲を設定できるということを述べても、上告人(被告)の右主張を排斥する理由にはならない。

(三) 原判決が上告人(被告)の右主張を排斥するのであれば「ガスバーナーの焔を外表面にあてて加熱する」ことによって生成される酸化銅が酸化第一銅でない理由を証拠により認定する必要があり、右認定をしないで被告の右主張を排斥した原判決には理由不備の違法がある。

2 法令違背

(一) 1で述べたように、原判決は、「ガスバーナーによる加熱によっても、酸化第二銅の形成に適する温度範囲を設定することは技術的に極めて容易と考えられる。」と判示しているが、引用例2において問題となっているガスバーナーによる加熱による生成方法は、実験としておこなうものではなく、工業製品として大量生産することを前提とするものであり、わざわざガスバーナーの加熱による温度範囲を調整して酸化第二銅を生成するとは考えられない。ガスバーナーを使用するのであれば、通常のガスバーナーの加熱温度によって加熱することを予定しているはずである。

(二) よって、上告人(被告)が主張したように引用例2に記載されている酸化銅は、その生成方法として記載されたガスバーナーの通常の加熱温度によって生成される酸化第一銅であると解するべきところを、原判決は酸化第二銅も生成されることが可能であると認定しており、明らかに経験則に違反している。

(三) そして、引用例2記載の酸化銅が酸化第一銅であるならば、引用例1と引用例2を組み合わせても、本件特許発明の素線絶縁の物質である酸化第二銅を容易に推考することはできないはずであり、原判決は、引用例1と引用例2を組み合わせることによって、本件特許発明の進歩性を否定することはできないことになる。

(四) したがって、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる重大な法令の違背がある。

四 引用例1と引用例2の組合せによる容易推考性

1 理由不備

(一) 引用例2は、昭和三一年に出願公告された考案であり、引用例1よりも二〇年以上も前に公知となった関連技術であり、また、引用例1と引用例2は、同じ日立電線株式会社の社員によってなされたものであると思われ、引用例1の論文の執筆の際には引用例2は当然に参照されているはずである。それにもかかわらず、引用例1の論文においては、素線絶縁の絶縁皮膜として酸化銅皮膜を用いるということに思い至っていないのである。このことが意味することは、引用例1に記載されている銅素線の絶縁材料であるエナメルコーテイングに換えて、引用例2記載の絶縁材料である酸化銅皮膜を適用することが、当業者ならば容易に想到しえたといえないということであると解される。

(二) 思うに、引用例1の論文執筆時には、撚線ケーブル導体の製造において、素線を酸化銅皮膜で絶縁する技術がなかったため、引用例1においては、素線に自然にできた酸化銅については記述がありながら、素線絶縁の材料として酸化銅を用いるとの記述がなかったものと思われる。もし、そうでないのであれば、引用例1において、素線に自然にできた酸化銅膜では表皮効果の低減には不十分であるとの認識があるのであるから、仮に引用例2の技術を知らなかったとしても、酸化銅で素線を絶縁することが、エナメル皮膜と並んで紹介されていたはずである。

とすると、セグメントの外表面を酸化銅で皮膜する技術と撚線ケーブル導体を構成する各素線を酸化銅で皮膜する技術は異なるものであり、引用例2のセグメントの表面の絶縁物質である酸化銅を引用例1の素線絶縁に転用することは容易ではないと解するのが自然である。

(三) したがって、引用例1と引用例2を組み合わせることによって、当業者であれば、本件特許発明を容易に想到できるということは自明ではないのであるから、原判決が本件特許発明を容易に想到できると解するのであれば、その積極的理由を述べる必要があるはずであり、それをしていない原判決には、理由不備の違法がある。

2 法令違背

原判決は、引用例1と引用例2を組み合わせれば、当業者であれば、本件特許発明を容易に想到できると判示しているが、1で述べたように、引用例1と引用例2を組み合わせても本件特許発明を容易に推考できないのであり、原判決の右判示は経験則に反することは明らかである。そして、引用例1と引用例2を組み合わせても本件特許発明を容易に推考できないということになれば、当然に本件特許発明の進歩性は認められることになる。

したがって、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな重大な法令の違背がある。

五 特許法二九条二項違反

前述のように引用例2のセグメント間の絶縁は表皮効果の低減を目的としたものではなく(乙第一一号証)、磨耗防止等を目的としたもので、表皮効果の低減を目的とした引用例1とは技術思想が異なるものである。よって、本来、引用例1と引用例2とを組み合わせることはできないものである。それにもかかわらず、原判決は引用例1と引用例2との組み合わせが容易であるとして、本件特許発明を容易に推考でき、本件特許発明には進歩性が認められないとの判断をしたもので、特許法二九条二項の適用を誤った法令違背が認められる。

そして、右誤りは、特許無効の判断に直接かかわる進歩性の判断についてのもであるから、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる重大な法令の違背がある。

以上

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